■28歳の”にれこ”は、傘職人・清田くんの工房でアルバイト3年目。しかし、20年来片想いの清田くんは既婚者だし、就職を狙うも「社員にはしない」と宣言されるしで、恋も仕事も先は見えない。そんな中、実家であるブラシ屋の跡継ぎに指名されたにれこは……?「ブラシ屋なんて……地味すぎる!」





「雲の上のキスケさん」や「君の天井は僕の床」などを描かれている鴨居まさね先生の新作です。しばらく単行本が刊行されておらず寂しかったのですが、久々に新作ということで、素直に嬉しかったです。さて今作の主人公は、恋も就職も見込みゼロの28歳アラサー女子。タイトルはにれこですが、本当の名前は楡(にれ)です。小さい頃から憧れ続けた清田くんを追いかけるように、傘職人をしている彼の元でアルバイトをしていた彼女。あらましにもある通り、未だに想いを寄せているものの、彼は別の女性と結婚しているし、さらに「社員登用は無い」との宣言でノックアウト。そんな折、実家のブラシ屋の跡継ぎとして指名され、渋々手伝いを始めることにするのですが…というお話。


 ブラシ屋で技術を磨いていく職人物語……というわけでは無いです。恋も仕事もなんとなく先の見えないにれこ。普通の感覚であれば未来を悲嘆してどん底に落ちそうなもんですが、末っ子気質で謎にポジティブな彼女からはさほど悲壮感は漂ってきません。もちろん「ブラシ屋なんてやりたくない」とか、色々と思い悩むところはあるのですが、流されたなりに適応してなんとかなってしまうのが彼女の不思議なところ。そんなにれこを中心としたゆるい日常が、面白おかしく描かれていきます。





ブラシ屋の主人は祖母。それを母が手伝っているのですが、年齢により祖母は片目が見えなくなったことで、そろそろ跡継ぎをちゃんと作っておこうという話に。そこで白羽の矢が立ったのが、独身でアルバイトで実家暮らしのにれこというわけ。職人修業ではあるのですが、ガチ修行という感じではなく、そこは身内同士文句なんかも言いつつやる。




 ブラシ屋を継ぐのに、最初こそ抵抗したにれこですが、あれやこれやと母が強権を発動し、渋々引き受けることになったのでした。地味すぎるイメージにテンションの上がらないにれこですが、祖母の技術の凄さや、作業の面白さを目の当たりにして、だんだんと前向きになっていきます。この前向きな方向に切り替わる力がとにかく凄い。


 にれこの人間関係もそこまで広くなく、登場してくるのは家族が中心。祖母に母、そして姉二人。清田くんももちろん登場してきますが、傘職人としてのバイトがこれまで通りに出来なくなったため、接点は少なくなります。しかしながら母と清田くんが飲み友達というところで、意外と関係が途切れることはないという。そんな閉じた関係の中で、あれやこれやと物語は転がっていきます。





この前向きさは祖母譲りなのか、祖母も片目が見えなくなってもそこまで悲嘆に暮れることもなく、割りと平然としているという。




 1巻を終えたところで新しい恋の予感があるわけでもなく、職人としてちゃんと前に進んでいる感じがあるわけでもなく、何かにれこの心境に変化があったようには見受けられません。悪く言えばなされるがままに場所を変えて停滞しているわけですけど、そんな毎日もなんだか悪くない。そう思える明るさと小気味良さがそこかしこにあって、読んでいてとにかく心地よいんですよね。別に何か起こるわけでもなく、ただただ日常が流れていて、起こるとしてもとっても小さな出来事で。なんなら何も起こってないけど、当人たちの会話と解釈だけで面白くなってしまうという。このあたりの鴨居まさね作品の良さみたいなものは、本作でも健在です。たぶんこれがあと何十巻と続いて、状況なんてちっとも変わらなかったとしても、きっと面白く読んでしまうんだろうなぁ。



【感想まとめ】
面白さを端的に表すのが難しいのは、鴨居まさね作品に共通した話なんじゃないかと。とにかく一度読んでみればわかる、この小気味よさ。おすすめです。



作品DATA
■著者:鴨居まさね
■出版社:祥伝社
■レーベル:フィールコミックス
■掲載誌:フィールヤング
■既刊1巻



ためし読み